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大阪地方裁判所 昭和63年(ワ)1642号 判決 1990年1月23日

原告

長谷川勝彦

右訴訟代理人弁護士

池上健治

被告

右代表者法務大臣

後藤正夫

被告

大阪府

右代表者知事

岸昌

右両名指定代理人

石田浩二

高木国博

右指定代理人

小木津敏也

黒瀬俊和

笠田稔

佐々木康幸

澤隆彦

上里襄

塚越徳雄

右大阪府指定代理人

永田正

塚口政利

木下博司

吉田晃

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自三六二万三八三〇円及び内二八八万五三〇〇円に対する昭和六〇年一〇月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

二 請求原因

1  原告の父長谷川鉄治(以下「鉄治」という。)は、政府管掌の厚生年金保険に加入していたところ、昭和二八年一月一日脳内出血で倒れ、健康保険法に基づく療養の給付を受けて療養していたが、昭和三一年一月ころから厚生年金(障害年金)の給付を受けるようになった。鉄治は、昭和四〇年一月一九日死亡し、鉄治の死亡の当時鉄治によって生計を維持していた鉄治の妻長谷川ミツ(以下「ミツ」という。)も、昭和五五年一〇月一二日死亡した。

2  原告は、ミツの子であり、ミツの死亡の当時ミツと生計を同じくしていたが、ミツが原告の被扶養者であったため、昭和五六年二月二一日、原告の健康保険の被扶養者の異動届を堺社会保険事務所に提出したところ、同事務所において、ミツが遺族年金の受給権者として認められているから未支給年金の裁定請求ができる旨の指導を受け、同年三月二三日、城東社会保険事務所に、ミツ名義の厚生年金遺族裁定請求書を、原告名義の厚生年金保険未支給保険給付請求書を、それぞれ提出した。

社会保険庁長官は、右遺族年金裁定請求について、同年七月二四日、旧厚生年金保険法(昭和一六年法律第六〇号、以下「旧法」という。)により障害年金を受けていた者の死亡により支給される遺族年金はその廃疾の程度が旧法別表第一に定める一級の場合に限って支給されるところ、鉄治の廃疾の程度は旧法別表第一に定める二級であるとして、不支給決定をなした。原告は、これを不服として、昭和五六年八月二〇日、大阪府社会保険審査官に対し、審査請求をなしたが、同年一一月一七日、請求棄却の決定がなされたため、原告は、昭和五七年一月七日、社会保険審査会に対して再審査請求をなしたところ、同審査会は、同年九月三〇日、ミツ名義の請求は不適法であり、原告名義の請求については未だ処分が行われていないとして、再審査請求を却下する裁決をなした。そこで原告は、同年一一月一二日、あらためて厚生年金保険未支給保険給付請求をなしたところ、社会保険庁長官は、同年一二月二二日、前同様の理由で不支給決定をなしたため、昭和五八年一月二五日、大阪府社会保険審査官に対して審査請求をなし、同審査官による決定がなされないまま六〇日の法定期間を経過したので右審査請求が棄却されたものとみなして、同年四月一二日、社会保険審査会に再審査請求をなしたが、同審査会は、昭和六〇年八月三一日これを棄却する旨の裁決をなし、同裁決書謄本は、同年九月二九日原告に送達された。

3  旧法は、昭和二九年法律第一一五号厚生年金保険法(但し昭和六〇年法律第三四号による改正前のもの。以下「新法」という。)によって全面改正されたが、新法五八条は、新法別表第一に定める一級又は二級の廃疾の状態にある障害年金の受給者が死亡したときは、その者の遺族に対して、遺族年金を支給する旨規定している。

そして、鉄治は、昭和三〇年一〇月一九日当時なお治療を受けていた城東病院内科医師太田豊明に診断書を作成してもらい、原告が鉄治名義の障害年金・手当金請求書を作成し、右診断書と鉄治の印鑑票を添えて城東社会保険事務所に提出して障害年金の支給を請求し、昭和三一年一月から、障害の程度が新法別表第一の二級該当者として障害年金を受給したものであり、原告は、年金額の記入された裁定通知書を受け、鉄治から印鑑票の届出印章を預かり、放出郵便局で第一回目の給付金を同年三月か四月ころ受給したものであって、ミツは鉄治の死亡にともない遺族年金の受給権を有していたものである。

しかるに、国の事務を行う大阪府職員は、昭和五六年三月から七月にかけて、鉄治名義の障害年金・障害手当金請求書、医師淺尾博一作成の診断書、鉄治名義の城東社会保険出張所長宛印鑑票、大阪府城東区長作成の戸籍記載事項証明書、城東社会保険事務所作成の障害年金額計算書及び年金支給原簿等をそれぞれ偽造もしくは変造、改ざん等し、あたかも鉄治の疾病が昭和二九年三月二四日には治癒しており、鉄治は旧法別表第一の二級に該当する者として旧法による障害年金の支給を受けており、したがって、ミツには遺族年金の受給権がなかったかのような操作を行うという違法な行為をなしたものであり、また、被告らの職員による前記各決定あるいは裁決は、このような大阪府職員の不正をたやすく看過してなされた違法なものである。

4  仮に、鉄治が旧法別表第一の二級に該当し旧法による障害年金の支給を受けていたとしても、右各決定等をなした被告らの職員には、次のとおり法律解釈を誤った違法がある。

すなわち、新法においては、旧法による受給権を有するものに対する経過措置につき、附則一六条一項において、「その者が死亡した場合において、その者の遺族が第五十八条の遺族年金の支給を受けることかできるときは、この限りではない」との但書が昭和三二年法律第四三号改正により追加されており、一方、新法五八条四号には、「別表第一に定める一級又は二級の廃疾の状態にある障害年金の受給権者が、死亡したとき」は、その者の遺族に遺族年金が支給されるものとされている。鉄治が新法別表第一の一級もしくは二級に該当する廃疾の状態にあったことは明白であるから、それにもかかわらず、原告の請求を認めない旨の前記各決定あるいは裁決は、等しく生活保障を与えるべきものとする法の趣旨に反し、憲法の定める法の下の平等原則に反するものであるといわなければならない。

5  前記社会保険庁(国)、もしくは城東社会保険事務所(大阪府)に勤務する公務員の偽造、変造、改ざん等の行為、並びに社会保険庁長官のなした原決定、大阪府社会保険審査官のなした決定、及び社会保険審査会のなした裁決は、いずれも被告らの公務員が公権力を行使するについて故意又は過失によってなした違法な所為であり、これらの違法行為により、原告は次のとおりの損害を被った。

(一)  別紙未支給年金表(略)記載のとおり、未支給遺族年金相当額二一八万五三〇〇円(ただし、請求時より五年以内のものに限る。)。

(二)  原告は、審査請求及び再審査請求のための必要書類の取寄せ、調査、書類作成、審理出頭等のための東京への旅費、宿泊費、通信費等の諸費用として二〇万円を下らない費用の支出を余儀なくされた。

(三)  原告は、未支給年金の受給権があると告知されてから、調査、審査請求などの諸手続に数十日を費やし、この間に、前記公務員の違法行為により被った精神的、肉体的苦しみは多大であり、これを慰藉するに足りる金額は五〇万円を下らない。

(四)  原告は、原告訴訟代理人に対し、本件訴訟の提起及び遂行を委任し、手数料として四五万円、謝金として勝訴額(二八八万五三〇〇円)の一割相当額をそれぞれ支払うことを約した。

6  よって、原告は、被告らに対し、国家賠償法一条一項に基づく損害賠償請求権により、各自三六二万三八三〇円及び内二八八万五三〇〇円については最終の再審査請求に対する裁決がなされた後である昭和六〇年一〇月一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二 請求原因に対する認否及び被告らの主張

1  請求原因1のうち、原告の父鉄治が政府管掌の厚生年金保険に加入していたところ、昭和二八年一月一日脳内出血で倒れ、健康保険法に基づく療養の給付を受けていたこと、及び鉄治は昭和四〇年一月一九日死亡し、鉄治の妻ミツも昭和五五年一〇月一二日死亡したことを認める。ミツが鉄治の死亡の当時鉄治によって生計を維持していたことは知らない。その余の事実は否認する。

2  請求原因2のうち、原告がミツの死亡の当時ミツと生計を同じくしていたこと、原告が健康保険の被扶養者の異動届を堺社会保険事務所に提出したことは知らない。原告が同事務所において未支給年金の裁定請求ができる旨の指導を受けたことは否認する。その余の事実は認める。

3  請求原因3のうち、旧法が昭和二九年に新法をもって全面改正され、新法五八条が主張の規定をしていることは認めるが、その余の事実は否認し、主張は争う。

鉄治は、昭和二九年三月二七日、旧法三六条一項により、被保険期間中に疾病に患り、その疾病が固定し、旧法別表第一に定める障害にあるものとして、傷病名を脳溢血(主要傷病)、動脈硬化症(合併症)とする障害年金・障害手当金の請求をした。右請求においては、同月二四日付け国立大阪病院精神神経科医師淺尾博一作成の診断書、鉄治名義の城東社会保険出張所長宛印鑑票及び大阪府城東区長作成の戸籍記載事項証明書が作成されていたが、右診断書の現症欄には「現在脳溢血の症状は治癒し」と記載され、主治医による症状固定の判断が示されていた。そこで大阪府知事は、厚生大臣の嘱託医兵頭地方技官に鉄治の障害の程度につき審査を求め、同技官から右診断書に基づき鉄治の昭和二九年三月二四日現在の障害の状態は旧法別表第一の二級一一号に定める障害の状態に該当するとの回答を得たため、同年八月二六日付けで、鉄治の障害の状態の程度は旧法別表第一の二級一一号に該当するものとして、鉄治に対し旧法の規定による障害年金の支給裁定を行い、年金証書を交付した。その結果、鉄治は、右診断書によって症状固定と判断された同年三月二四日をもって、旧法における障害年金の受給権を獲得し、旧法二七条一項に基づき翌月たる同年四月から障害年金の支給が開始されたのである。

4  請求原因4の主張は争う。

新法下において、旧法の障害年金の例によって支給される保険給付が新法による障害年金とみなされるのは、新法附則一六条三項に規定される場合だけであって、鉄治が受給していた障害年金は、旧法によるものであり、新法により受給していたわけではないから、本件は、障害年金に関する新法五八条四号、附則一六条一項には当たらない。

また、旧法で認められていなかった給付が新法で認められるようになったからといっても、旧法の適用を受ける者にも新法と同様の水準による給付を行うものとするか否かは、法の解釈適用の問題ではなく、立法政策の問題であり、かつ立法府の有する裁量権の範囲内の事柄であるから、法の下の平等の原則になんら反するものではない。

5  請求原因5の主張は争う。

第三証拠

証拠関係は、本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これらを引用する(略)。

理由

一  鉄治及びミツは夫婦であり原告はその子であること、鉄治が政府管掌の厚生年金保険に加入していたところ昭和二八年一月一日脳内出血で倒れ、健康保険法に基づく療養の給付を受けて療養していたこと、及び鉄治が昭和四〇年一月一九日死亡し、ミツも昭和五五年一〇月一二日死亡したこと、以上の事実は、当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、ミツは鉄治の死亡の当時鉄治によって生計を維持していたこと、及び原告はミツの死亡の当時ミツと生計を同じくしていたことがそれぞれ認められる。

また、原告による、厚生年金保険未支給保険給付請求及び厚生年金遺族年金裁定請求、審査請求及び再審査請求とこれらに対する決定ないしは裁決の経過の点は、当事者間に争いがない。

二  鉄治の障害年金の受給権の発生時期について

いずれもその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき(証拠略)、官署作成部分についてはその方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められ、その余の部分(鉄治名義部分)については(証拠略)及び弁論の全趣旨により鉄治名下の印影がその印章によるものであると認められるので成立を認める(証拠略)並びに弁論の全趣旨を併せると、次のとおり認めることができる。

鉄治は、被保険期間中である昭和二八年一月一日に疾病に患り、昭和二九年三月二七日、厚生大臣に対して、その疾病が治癒し、旧法別表策一に定める障害にあるものとして、傷病名を脳溢血(主要傷病)、動脈硬化症(合併症)とする障害年金・障害手当金の請求をした。右請求書に添付されていた診断書の現症欄には「現在脳溢血の症状は治癒し」ているとの主治医による判断が示されていた。そこで、大阪府知事は、厚生大臣の嘱託医の意見を徴したうえ、同年八月二六日付けで、鉄治の障害の状態の程度は旧法別表第一の二級一一号に該当するものとして、鉄治に対し旧法の規定による障害年金の支給裁定を行い、年金証書を交付した。その結果、鉄治は、右診断書によって治癒と判断された同年三月二四日をもって、旧法における障害年金の受給権を獲得し、翌月たる同年四月から障害年金の支給が開始された。

以上の事実が認められる。

なお、原告は、国の事務を行う大阪府職員が、昭和五六年三月から七月にかけて、(証拠略)の障害年金・障害手当金請求書、(証拠略)の診断書、(証拠略)の印鑑票、(証拠略)の戸籍記載事項証明書、(証拠略)の障害年金額計算書並びに(証拠略)の年金支給原簿等をいずれも偽造もしくは変造、改ざん等したものと主張するが、これを認めるに足りる証拠はなく、所論は採用に由ない。

また、原告は、鉄治は昭和三一年一月から障害の程度が新法別表第一の二級該当者として障害年金を受給していた旨主張し、原告本人もこれに沿う供述をするが、右認定に照らし採用できない。その他右認定を覆すに足りる証拠はない。

したがって、被告らの職員による、偽造もしくは変造、改ざん等の違法行為、及び本件各決定ないし裁決の際に右違法行為をたやすく看過した違法行為を前提とする原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

三  新法附則一六条一項但書の解釈について

原告は、新法の昭和三二年の改正により、新法附則一六条一項に「その者が死亡した場合において、その者の遺族が第五十八条の遺族年金の支給を受けることができるときは、この限りではない」との但書が追加され、新法五八条には、「別表第一に定める一級又は二級の廃疾の状態にある障害年金の受給権者が、死亡したとき」には、その者の遺族に遺族年金が支給される旨規定されているから、鉄治がたとえ旧法による障害年金の支給を受けていたとしても、鉄治の廃疾の状態が新法別表第一の一級もしくは二級に該当する限り、その者の遺族に遺族年金が支給されるべきであると主張する。しかしながら、新法附則一六条三項は、従前の障害年金の例によって支給する保険給付のうち、一定の規定の適用についてのみ新法による障害年金とみなす旨規定しており、そこには五八条四号はかかげられていないのであるから、旧法による障害年金を受給していた本件においては、同号の適用はないものといわなければならない。

また、旧法には認められていなかった給付が、新法で認められるようになった場合に、旧法の適用を受けるものにも新法と同様の水準による給付を行うか否かは、広範な立法裁量に委ねられている事柄であって、法の下の平等原則に何ら反するものではなく、右原則違反をいう原告の主張は失当である。

したがって、本件各決定ないし裁決の際における被告らの職員の法律解釈の誤りの違法を前提とする原告の請求はその余の点について判断するまでもなく、理由がない。

四  以上によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条に従い、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田畑豊 裁判官 園部秀穗 裁判官 田中健治)

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